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知財裁判例紹介:
クレーム中の「・・・の上方部分」を明細書本文の記載を参酌して解釈した事例(知財高裁平成20年6月11日判決・平成19年(行ケ)第10110号)
知財高裁平成20年6月11日判決・平成19年(行ケ)第10110号は、「・・・の上方部分」というクレーム文言について、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して限定解釈しました。
「・・・の上方部分」という文言はよくクレーム(特許請求の範囲)で使われていますが、この用語はかなり多義的な言葉として解釈が問題になることがあります。
本判決(発明の名称:椅子の背骨支持システム)は、「仙骨の上方部分」の意味について、
(1)仙骨を含まない,それ(仙骨)よりも上方の部分、
(2)仙骨の一部であって,その(仙骨の)上下方向の中央より上の部分、
の2つの意味が在り得るところ、そのいずれを意味するのかは上記の文言だけからは一義的に明らかではないので、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して解釈するしかないとして、結局、明細書の記載を参酌して、上記(2)の意味だとしました。
「・・・の上方部分」が、(1)「・・・よりも上方の部分」(・・・を含まない部分)の意味なのか、(2)「・・・の中の上方の部分」(・・・の一部)の意味なのか、意識してクレームを作成する必要があると思います。
G 発明の要旨認定に出願経過を参酌した事例(知財高裁平成23年03月17日判決・平成22年(行ケ)10209号)
知財高裁平成23年03月17日判決・平成22年(行ケ)10209号は、出願経過を、侵害訴訟ではなく拒絶審決に対する取消訴訟の発明の要旨認定の場面で、出願経過に基づいて、クレーム文言を限定解釈(本件クレームにおける「OS」は起動プログラムを含まないと限定解釈)して、拒絶審決を維持しました。
第1 判決の引用
「2 取消事由2(相違点を看過した誤り)について
(1)原告は,本願発明のディスクに保存される「OS」にはOSの起動プログラムが含まれることが自明である一方,引用発明のフラッシュメモリーに保存されるプログラム起動時に使用されるファイルがハードディスクには保存されず,この点で本願発明と引用発明とが相違する旨を主張する。
(2) そこで検討すると,本願発明の特許請求の範囲の記載には,ディスクに保存される対象としては「OS」と記載されるにとどまり,OSのうちの起動プログラムを積極的に排除する記載がないばかりか,・・・本件明細書の発明の詳細な説明欄は,いずれも,HDDのディスクに保存される「OS」にその起動プログラムが含まれる実施形態を開示しているということができる。
(3) しかしながら,原告は,・・・
(4) また,原告は,・・・
(5) 以上の手続経過に鑑みると,原告は,拒絶査定を避けるべく,本願発明の特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除した(前記(3))ほか,分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログラムを除外した(前記(4))ものと認められる。
そして,他に本願発明の特許請求の範囲の記載中にはディスクの保存対象としてOSの起動プログラムが含まれると解するに足りる記載が見当たらないことも併せ考えると,本願発明の解釈に当たり,ディスクにOSの起動プログラムが保存されていないものと認定し,引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に誤りがあるとまではいえない。」
第2 私のコメント
1.この知財高裁平成23年03月17日判決・平成22年(行ケ)10209号(コンピュータシステムの起動方法,コンピュータシステムおよびハードディスクドライブ)のロジックを私なりに要約すると、次のとおりです。
A.本願発明の特許請求の範囲の記載からは,ディスクに保存される「OS」には起動プログラムも含まれると解するのが自然。
B.本願明細書の記載を参酌しても、そう解するのが自然。
C.しかし、出願審査の過程で、原告(出願人)は,拒絶査定を避けるべく,ディスクに保存される「OS」から起動プログラムを(補正で)除外した。
D.このような出願経過にかんがみると、ディスクに保存される「OS」には起動プログラムは含まれないと解しても問題はない(よって、審決が起動プログラムの有無を相違点として認定しなかったとしても問題はない)。
2.この判決の要点は次の3点です。
(1)出願経過を、侵害訴訟ではなく拒絶審決に対する取消訴訟の発明の要旨認定の場面で使用した点で、すごく新しいと思います。
今までに出願経過を発明の要旨認定で使用する裁判例が無かったのかどうか知りませんが、従来は出願経過はほとんど侵害訴訟のクレーム解釈(技術的範囲)で問題にされているので、珍しいことは間違いないでしょう。
上記のロジックの中、Aはリパーゼ最判による原則的な発明要旨認定手法で、Bもリパーゼ最判が許容している発明要旨認定手法です。
これに対して、この判決は、上記のCとDのロジックを持ち出して、上記のAとBから(つまりリパーゼ最判から)導かれる結論(ディスクに保存される「OS」には起動プログラムも含まれる)と全く反対の結論(ディスクに保存される「OS」には起動プログラムも含まれない)を導いています。
(2)出願経過を使って特許請求の範囲の用語を解釈しているのですが、これが出願人側に有利な解釈なのか不利な解釈なのか、はっきりしません。
つまり、侵害訴訟(技術的範囲)の場面では、文言侵害の成否が問題なので、出願経過を使用する場合は原告側に不利な限定解釈だけが許されるのが原則だと思います。
本件では、上記のように特許請求の範囲及び明細書の記載からは「ディスクに保存されるOS」(以下「OS」と略します)には起動プログラムが含まれると解すべき(リパーゼ最判)ところ出願経過を参酌して「OS」には起動プログラムは含まれないと解した訳ですが、もしこれが侵害訴訟の文言侵害の成否の場面なら、これは文言侵害を否定するための限定解釈となります。被告製品が起動プログラムに関するものである場合に、特許請求の範囲の「OS」が起動プログラムを含むなら文言侵害成立、含まない(限定解釈)なら文言侵害不成立となるからです。
これに対して、本件のように発明の要旨認定の場面では、(1)「OS」には起動プログラムが含まれると解する(文言どおりの解釈?)ときは、引用発明が起動プログラムを含むなら相違点なく進歩性なし、引用発明が起動プログラムを含まないなら相違点があり進歩性が認められる可能性あり(これが本件の原告の主張です)、となります。また(2)「OS」には起動プログラムは含まれないと解する(限定解釈?)ときは、引用発明が起動プログラムを含むなら相違点ありで進歩性が認められる可能性あり、引用発明が起動プログラムを含まないなら相違点がなく進歩性なし、となります。
発明の要旨認定では、どのように解釈したら出願人に有利または不利になるかですが、一般的には、進歩性でもサポート要件でも限定解釈の方が特許性が認められやすいので有利と思います。その点で、本件では逆に、原告(出願人)が限定解釈ではなく文言どおりの広い意味の解釈の主張とそれを前提としての相違点の主張をしているので、珍しい例です。侵害訴訟では限定解釈されると文言侵害の成否に不利なのははっきりしています。
(3)いずれにせよ、本判決でも、出願経過は出願人に不利な解釈を導くために使われており、その点では妥当ということでしょう。
この点、昨年末に一審判決が出て話題になった「サトウの切り餅」事件では原告側が出願経過を自分に有利な解釈を導くために使おうとしているように読めましたがそれは無理だろうと思いました。
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弁理士 鯨田雅信
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